クロード・ イーザリー

発行者: 16.02.2020

広島が焼き尽くされた夜、テニアン島では祝賀気分で報告会が開かれ、机の上にバーボンが並べられた。混成第五〇九部隊の隊員たちはポーカーに興じた。だが、「スキッパー〔イーザリーの愛称〕は落ち込んでいた。我々全員が同じ危険を冒したのだから、同じに報いられるべきだったのに……」。同僚から見て、イーザリーは明らかに元気をなくしていた。  それは、原爆の投下に関わることで多くの人を殺したからではない。ティベッツと同じひな壇に立てなかったことからくる悔しさゆえのことだった。(小坂、年、ページ).

定説への批判  理論的考察.

アーニャ・ロスムスのように、自国の姿を冷静かつ客観的に見ることができる、真の意味での愛国者なら、郷土や自国の恥部を隠そうとする姿勢を、やはり見苦しいと言うでしょうが、上の男性のような憂国の士の場合、少なくとも意識の上ではそうではありません。それどころか、「お互いに過去の戦争に対しては口をつぐむのがそれぞれの国の死者に対する礼儀」であり、それこそが「国際関係の最低の了解事項」(田中、年、24ページ)だと主張する論客もいるのです [註59] 。しかし、そこまで八方破れになってしまうと、敵方からばかりか、味方側からも相手にされなくなってしまうでしょう。.

Remembrances of the war and the bomb. Summary Report Pacific War. アメリカも戦争の後ろ盾に国民を統合するため、伝統を利用したのだが、とかくそれが忘れられがちだ。私たちは民主主義とキリスト教の名のもとに戦った。「天皇制」と神道が本来、戦争を内包しているのに対して、民主主義とキリスト教は本来、平和であると私たちは主張する。日本の学童が天皇の肖像に最敬礼をしたのは、アメリカの学童が「国旗に忠誠を誓う」のと同じ国民的儀礼だが、私たちはそれを見ようとしない。〔中略〕  私たちアメリカ人は、平時には、愛国心を当然のものとして表に出さない。アメリカの歴史や国家に命を捧げた人に対する尊崇の念を表わす七月四日(独立記念日)とか戦没者追悼記念日以外は、愛国心を表に出して騒ぐ民族ではないが、戦争中は、私たちも国家神道を絶えず感情的に表現していたのである。日本人を教育して心情的国家意識を捨てさせたいと思うなら、まず私たちの心情的国家意識を捨てるべきである。(ミアーズ、年、、ページ).

ところで、極東国際軍事裁判(東京裁判)では、日本軍の残虐行為を公正な立場から裁くという建前とは違って、戦勝国が、原爆投下や無差別戦略爆撃をはじめとする自分たちの残虐行為を棚に上げて、復讐心に基づいて敗戦国を罰するという側面が確かにありました [註62] 。しかし、東京裁判を通じて初めて明らかにされた日本軍の蛮行が、事実に反する、あるいは事実を歪めた結果だと主張するのなら、専門家たる歴史学者が反駁できないほどの有力な根拠や証拠を、自力で探し出す必要があるはずです。その場合、ひとりよがりという批判を避けるためにも、また、外部からの批判を受けて正確を期すためにも、それを、内輪の集まりではなく、開かれた学会で提示しなければなりません。.

Taylor, T! London: Offices of the Royal Historical Society. Nuremberg and Vietnam: An American Tragedy.

  • 図35 被爆前の瀟洒な産業奨励館と被爆後の無残な原爆ドーム。Liebow, , p.
  • ところで、極東国際軍事裁判(東京裁判)では、日本軍の残虐行為を公正な立場から裁くという建前とは違って、戦勝国が、原爆投下や無差別戦略爆撃をはじめとする自分たちの残虐行為を棚に上げて、復讐心に基づいて敗戦国を罰するという側面が確かにありました [註62] 。しかし、東京裁判を通じて初めて明らかにされた日本軍の蛮行が、事実に反する、あるいは事実を歪めた結果だと主張するのなら、専門家たる歴史学者が反駁できないほどの有力な根拠や証拠を、自力で探し出す必要があるはずです。その場合、ひとりよがりという批判を避けるためにも、また、外部からの批判を受けて正確を期すためにも、それを、内輪の集まりではなく、開かれた学会で提示しなければなりません。. On the contrary, I believe that we are rapidly approaching a situation in which we shall be compelled to reexamine our willingness to surrender responsibility for our thoughts and our actions to some social institution such as the political party, trade union, church or State.

しかしながら、そうした脅迫に屈することとは無縁の東さんは、まもなく、謝罪のために南京を訪問します、ところが、万感胸に迫ったせいか、その場では、「南京の人たちにたいへんなご迷惑をかけた。どうもあいすみませんでした」という、謝罪にもならない言葉をようやく口にできたにすぎませんでした(山内、年、26ページ)。これは、同行した日本側の支持者たちには舌足らずと映ったようですが、にもかかわらず、中国の人たちには深い感動を与えたのです [註68] 。.

このように、加害者側が過去と正直に向き合うことによって、両者とも過去のくびきから解き放たれるのですが、その主導権は、主として加害者側にあります。一般の殺人事件の場合でも、加害者が事実を認めない限り、被害者の遺族は、その事件の束縛から完全に解放されることはありませんが、逆に加害者が事実を認めれば、いとも簡単にその束縛から解放されるのです。「 PTSD理論の根本的問題点 」の「事実を明らかにすることの重み」という章で紹介しておいた事例が、その好例としてあげられます。その事例では、自分の息子を惨殺した犯人が、自らをかばうことなく犯行の模様を話してくれたことに対して、遺族である母親が、「打ち明けてくれてありがとう」と心底から感謝したのでした。しかし、加害者側の変身がない状況で、被害者側が独力でそのような心境に到達するのは、きわめて難しいでしょう。加害者側がその変化を先導したほうがはるかに簡単なのです。.

Hiroshima: The strange myth of half a million American lives saved. The Wartime Journals of Charles A. 死後存続研究  超常現象研究資料. Nuremberg and Vietnam: An American Tragedy.

  • トピックス  心理療法随想.
  • 翌2日、UP通信は、この原爆実験で2機のB29が被曝したことを伝える 記事 を配信しますが、乗員たちの被曝や健康状態には、ひとこともふれませんでした。翌47年、イーザリーは空軍を退役します。その後、妻が二度にわたって流産したため、48年5月にイーザリーは、「46年7月に原子雲の中を飛んで放射線を浴び、その結果障害が現れた」として、退役軍人局を相手に訴訟を起こすのです(同書、ページ)。.

725810B29 48. 56. ISBN Maurizio Chierici, E, 'Hiroshima' German poem about the Hiroshima pilot Wi. A Guide to the Reports of the United States Strategic Bombing Survey. Hiroshima: The strange myth of half a million American lives saved, クロード・ イーザリー. Morse.

クロード・イーザリー

クロード・ロバート・イーザリー(Claude Robert Eatherly テキサス生まれ。1978年死亡)は第二次世界大戦中、米国陸軍航空隊の士官であった。 (*投下時の階級は少佐-Major) 気象偵察機ストレート・フラッシュの操縦士 (*機長兼務) として、1945年8月6日の広島原爆投下を支援した。. Chairman's Office, The United States Strategic Bombing Survey. 一方、唯一の被爆国として、後に核廃絶を希うことになる日本側としては、原爆が投下された結果として、地上でどのようなことが起こったのかを、アメリカの人たちには目をそらさずに直視してほしいという願いを、きわめて強く持っています。しかし、アメリカ側はそれ自体を頑なに拒否し続けて現在に至っているわけです。このような状況の中で、日本側が喜ぶとしたら、アメリカ側がどのような態度を示した時でしょうか。そのことは、犯罪被害者の遺族の立場に立ってみるとわかりやすいでしょう。それは、加害者側が、自らをかばうことなく、事実を包み隠さず認めること以外にありません。アメリカ側は、懐柔のための方便という理屈がつけられるからでしょうが、日本側に起こるはずのこうした心の動きを承知しながら、あえてこの方法を加減しつつ使ったということであり、それはとりもなおさず、自分たちが、そう言われてもしかたがないほど非道な行為に及んでしまったことを、心の底で完全に承知していることの現われと考えるべきでしょう [註54] 。.

Washington, [1]! ISBN Maurizio Chieri.

レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

アーニャ・ロスムスのように、自国の姿を冷静かつ客観的に見ることができる、真の意味での愛国者なら、郷土や自国の恥部を隠そうとする姿勢を、やはり見苦しいと言うでしょうが、上の男性のような憂国の士の場合、少なくとも意識の上ではそうではありません。それどころか、「お互いに過去の戦争に対しては口をつぐむのがそれぞれの国の死者に対する礼儀」であり、それこそが「国際関係の最低の了解事項」(田中、年、24ページ)だと主張する論客もいるのです [註59] 。しかし、そこまで八方破れになってしまうと、敵方からばかりか、味方側からも相手にされなくなってしまうでしょう。. In the past it has sometimes been possible for men to "coast along" without posing to themselves too many searching questions about the way they are accustomed to think and to act - but it is reasonably clear that our age is not one of these.

定説への批判  理論的考察. 広島が焼き尽くされた夜、テニアン島では祝賀気分で報告会が開かれ、机の上にバーボンが並べられた。混成第五〇九部隊の隊員たちはポーカーに興じた。だが、「スキッパー〔イーザリーの愛称〕は落ち込んでいた。我々全員が同じ危険を冒したのだから、同じに報いられるべきだったのに……」。同僚から見て、イーザリーは明らかに元気をなくしていた。  それは、原爆の投下に関わることで多くの人を殺したからではない。ティベッツと同じひな壇に立てなかったことからくる悔しさゆえのことだった。(小坂、年、ページ). 翌2日、UP通信は、この原爆実験で2機のB29が被曝したことを伝える 記事 を配信しますが、乗員たちの被曝や健康状態には、ひとこともふれませんでした。翌47年、イーザリーは空軍を退役します。その後、妻が二度にわたって流産したため、48年5月にイーザリーは、「46年7月に原子雲の中を飛んで放射線を浴び、その結果障害が現れた」として、退役軍人局を相手に訴訟を起こすのです(同書、ページ)。.

- Joint Work: Claude R? Hiroshima: The strange myth of half a million American lives saved. PTSDクロード・ イーザリー. Nuremberg and Vietnam: An American Tragedy.

ISBN Maurizio Chierici, Straus and ?

The United States Strategic Bombing Survey Eatherly ・ギュンター・アンデルス Gunther Anders  篠原正瑛 Seiei Shinohara 訳 ちくま文庫 堀田善衛 「審判」). 定説への批判  理論的考察.

56. Medical Division, The United States Strategic Bombing Survey.

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コメントとフィードバック:
Usagi 25.02.2020 08:05
Encounter with Disaster: A Medical Diary of Hiroshima, 曰く「原子爆弾は我が国歴史の汚点となるものである。」  曰く「これは集団的殺戮、全くのテロ行為だ。」  曰く「そんなものは、一切合財大西洋か太平洋に投げ込んでしまえ。弱い人間がこのような強大な破壊力を所有することは危険である。」  メソジスト派のジー・ブロムリー・オクスナム僧正とジョン・ホンダー・ダレス弁護士は、全米教会参議会を代表して次のようにいっております。  「キリスト教国家をもって自任 〔ママ〕 する我が国が、原子力をかかることに使用して、何等道徳的呵責を感じないとするならば、他の国も又これに倣うであろう。〔中略〕かくて、唐突にして決定的な人類破滅の舞台は設けられることになるであろう。」  クエーカー派ウィリアムペン大学の学長セシル・ヒンショウ博士は、原子爆弾について「野蛮な、非人道的戦争方法である。その使用は許し難い」といっております。(同書、ページより引用).
Yumi 22.02.2020 17:13
アーニャ・ロスムスのように、自国の姿を冷静かつ客観的に見ることができる、真の意味での愛国者なら、郷土や自国の恥部を隠そうとする姿勢を、やはり見苦しいと言うでしょうが、上の男性のような憂国の士の場合、少なくとも意識の上ではそうではありません。それどころか、「お互いに過去の戦争に対しては口をつぐむのがそれぞれの国の死者に対する礼儀」であり、それこそが「国際関係の最低の了解事項」(田中、年、24ページ)だと主張する論客もいるのです [註59] 。しかし、そこまで八方破れになってしまうと、敵方からばかりか、味方側からも相手にされなくなってしまうでしょう。. その反省に際して、原爆投下が地上の人間にもたらした惨劇を見るだけでは不十分なことは、あらためて指摘するまでもないでしょう。原爆を投下するに至った経緯や動機についても、冷徹な視線で振り返り見る必要があるのです。ただし、政策決定者が、その動機を意識の上で明確に承知していたとは必ずしも限らないので、その点は念頭に置かなければなりません。そこで、日本の2都市への投下決定に至るまでの経過を丹念に辿ってゆくと、やはり〈 核爆発の実験およびそれが人体に及ぼす影響の観察 〉と〈 戦後の覇権掌握 〉のふたつが、その動機として明瞭に浮かび上がってくるのです。.
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